アメブロの自分のブログ記事をまとめてこっちに再掲。
美容院に行った日のブログ
前回と同じZ世代の女の子を指名。今回も喋らずやってくれましたが、うーん。ちょっといただけないことがあったので、次回は迷いどころキョロキョロヘッドスパをし終わったら近くにいた男性客に妬まれていたのが衝撃的でした。直接何か言われた訳ではないけど、全く聞こえない訳ではないので気分は悪かったです。男性客は隣でシャンプーしていたから、「いいなー」って思ったんでしょうね。なんでいいなーだったんだろう?金銭的な問題?時間的な問題?まぁそれはともかく、「いいなー」と思って素直に「いつかやりたいな!」「気持ちよさそうだな!」ってならずに、否定的なニュアンスでやってる人やヘッドスパ自体をsageてしまうのはすごくもったいないと感じました。お客さんの負の感情に安易に同調して「ヘッドスパはぁ~、スッキリしますよって感じですねw」と矮小化して返事をする美容師ももったいないことしてるなと思いました。原始的な認知レベルだからわからないんだろうな。それにしても人間の感情だと負×負はプラスにはならないんだびっくり…あ、いいこと言ったwいいなー、羨ましいなって思ったらその感情に向き合ったらいいんですよ。つまり、妬ましいくらいいいなーと思うならそれは興味があるということだから、次回の予約はヘッドスパ付きプランにしたらいい。私やヘッドスパをどれだけsageても、その男性客の頭はサッパリスッキリしませんから。素直にヘッドスパした方がお得だと思いますが、どうして気づかないんだろう?あ、ヘチマたわしだからか。こんな風に書いてるけど、帰り道はちょっと落ち込んでいましたショボーン今日の登場人物はみんな何かしら良くないものに呪われた獣みたい!同じ空間にいるのはキツかったなぁって。
次の日に書いたブログ
今日は昨日の美容院の件をわりとずっと考えていました。主人に「なんで美容師は頭が悪いのにあんなに堂々と存在していられるんだろう?」と相談したら、「多分彼らは自分をすごいアーティストだと思ってるんじゃない?プライドが高そうだよね。」と言われてそこからまた色々考えて。身を委ねる客側が無防備な状態(鏡の前に座り、ケープをかけられ、動けない状態)なので、その空間全体で一種の「支配・被支配」に近い心理的権力構造が生まれやすいのかもしれない、とか。ヘッドスパをしている私を妬んだ男性客は外的要因なので考慮に入れない。まずは内的要因を変化させることが大切なので、それを達成するにはどうしたらいいのか。・彼らは日常的に業務の中で物理的に境界線を踏み越えている(他人の身体の一部にハサミをあてる権利)ので、根拠のない全能感を感じているのかも。それによって余計な会話や無遠慮な振る舞いも自分が有する権利や特権のように勘違いしてしまうのかもしれない。・彼らは美容業界という狭いコミュニティの評価軸で生きているので、論理的な破綻や認知の浅さがあっても、「場をつなげた」「愛想よく接客した」というローカルな基準で自分を正当化できてしまう。・同僚や周囲の環境において、論理的・客観的なクリティカルシンキングが求められる機会が少ないので、自分の言動や全能感に対して「それは論理的におかしい」「客観的にズレている」と不快感や指摘を受ける体験が起こりにいのかも。つまりハサミを持ったバカが集まっていて、自浄作用もほぼない。自分の評価軸の外側に存在する「頭の悪さ」を自覚する機会自体が存在しないため、恥ずかしいという感覚すら生まれないのかもしれない。そもそも「自分が頭が悪いこと」を理解するためにも一定以上の知性が必要。そのレベルに達していないので自分の発言や態度の不適切さに気づくことすらできず、結果として無根拠に堂々とした振る舞いになるのかも。行き着いた結論は、①美容学校で「心理的境界線」をテーマにした倫理教育を行うということ。医療従事者が受ける教育の美容師版を作って履修させればいいのではないか?つまり「会話=サービス」ではなく「会話=リスク」だという教育を行うこと。相手の不快感に配慮できない浅い会話は「プライバシーや尊厳の侵害」というリスク行為であると再定義して教育する。②職場でもハラスメント教育やコンプライアンス研修と同様に、店舗側が「客に対する不適切な距離感の縮め方」や「適当な同調による対応」をプロフェッショナリズムの欠如として明確に指導するガイドラインを設けることが、現実的な抑制力になるのではないか。おじさんおばさん美容師にも意識改革になるような教育が必要だということ。なぜこのような教育がなされないのか?単純に美容業界の上の方の人もハサミを持ったバカなのかもしれないし、雇う側としたら美容師達がクリティカルシンキングし出したら扱い辛くなって困るからだろうな(笑)でもそのしわ寄せを客側に負担させようとするのは勘弁だわプンプン


散歩に行ったらどんぐりが落ちていた。
あー、美容院嫌だな!多少高額でもいいんだけど、高額=立場をわきまえて余計な事をしてこない店っていうわけでもない。単価が高い店はアーティスト気取りの勘違い美容師がやっている事も多い。私に切って欲しかったのよね?って。自分の感性に惚れ込んだファンだと都合よく脳内変換するんだろうけどwあんたに1ミリも興味ないよw
彼らが聞いてくる「いかがですか?」や「こんなにサラサラになりましたよ!」っていうのもくせ者で。いかがですか→大丈夫です(聞いてくれてありがとうという客の感情の搾取、もしくはそうだよね、大丈夫だということは知ってる。だって僕がやってるんだもん!分かってるのに聞いてあげる僕って優しいしプロ意識高い!っていうオナニー介助的搾取w)、こんなにサラサラになりましたよ!→本当だ。ありがとうございます!をという美容師にとって都合のいい模範解答を想定して声をかけてきている。こちらは対価として向こうの言い値を支払うのに、さらに「感謝」や「褒め言葉」を要求してくる図々しさ。はさみを持ったバカが無意識に過剰に報酬を得ようとする行動。客に己の承認欲求を満たす手伝いをさせる構図。なぜやめないか?彼らにとってこのプロセスは「報酬」だから。はさみを持ったバカなので、心地よいことしか基本的にやらない。そのプロセスが手軽な報酬サイクルとして脳にプログラムされているからやっている。客の感情を搾取していると気づいていないので、自分はいい循環のプロデューサーのつもり。だから脳の報酬系が刺激される。次の客にも同じ事をする。その繰り返しw
自分の声かけ行動が客をさらに幸せにしているという強固な思い込みのまま、脳内のドーパミン(報酬)欲しさに同じ行動をルーティンで繰り返している感じが、まさに条件反射で動く獣っぽさを醸し出している(゚Д゚)
飲食店でも同じようなことがある。目の前の皿の料理を食べ終わった直後orお会計の時。すごく自信に満ちた顔で「いかがでしたか?!」ってwwwこの人悪い意味でお母さんに褒められたいちびっ子みたいでプロ意識低いなーって笑いそうになる😂幼少期のトラウマでもあるのかな?本来、プロであれば「対価をもらって提示した成果物」だけで仕事は完了している。客の感情まで踏み込んで自分を肯定させようっていうのはエゴだよ。私はあなたのお母さんではないし、不快だね!安心するための「肯定の言葉」を客からカツアゲしようとしないでほしい。
いっそのこと坊主にしてウィッグをかぶろうかな?そしたら美容院に行かなくて済む。でも洗面所の鏡に映った自分が坊主だったらちょっと悲しくなるかもしれない。黒髪ロングからの坊主。坊主をオシャレだと思っているわけでも、尼さんになりたいわけでもない。その場合、坊主にするのって自分を大切にしていると言えるんだろうか?嫌な奴らを避けるために、自分が本当に望んでいない姿(坊主)になるのは、結局相手に自分の選択肢を狭められている=自分を大切にできていないのではないか?