私は大地と太陽のエネルギーをたくさんたくさん吸い込んで育ちました。
農家のおじさんは私を見て少し眉をひそめてから優しく笑って言いました。「お前はアザがあるけど傷んでいるわけではないからな!ここまで大玉によく成長してくれた。きっとお届け先のお客さんも喜んでくれるよ。自信をもっていっておいで。」
私は「はい!おじさん今までどうもありがとう。行ってまいります!」と返事して、他の桃子さん達と仲良く箱に収まりました。
私達は箱に入ってトラックに乗っているので、外は見えません。でも、ガタガタと揺れるのを感じながら、今まで嗅いだことのない知らない匂いがすることに気づきました。私はずっと東北の農園で育ちましたので、恥ずかしながらご近所様しか存じ上げませんでした。
「あら?なんだかワクワクする匂いね!私達一体どこに行くのかしら?」と桃子さんの1人に声をかけましたが、その桃子さんは車の揺れに身を預けてうたた寝をしています。別の桃子さんが言いました。「アザっ子ちゃんはどんなお家に行きたい?私は、海の近くがいい!桃に生まれたから、海を見たことがないじゃない?農家のおじさんが袋をかけながら教えてくれたの。夏は短いな。もう海も誰もいないだろう、って。だから私は海が見てみたいの!海ってどんなところかしら?」私は答えました。「私はクーラーが効いてるお家がいいわ。そこでゆっくりと追熟してもらいたい。」
しばらく…どれくらいでしょうか?一晩?二晩?私は桃なのでわかりません。はしゃぎ疲れてみんなでうたた寝をしていたら、私たちの乗ったトラックが止まって少しだけ身体が揺れました。私達の収まった箱がゆっくりと持ち上げられます。おじさんとは違う男の人のニオイがしました。少し湿っぽい空気を感じたと思ったら、秋の虫の音が聴こえてきました。東北の農園でも毎晩聴いていた虫の音です。農園を出てから少ししか経っていないはずなのに、とても懐かしく感じました。農家のおじさんは元気かしら?同じ木の桃子さん達も、達者でやっているかしら?
ピンポーンという音がしました。私達を抱えた男の人が「こんばんはー!ヤマト運輸です!」と言っています。ガチャリと音がして、違う人のニオイがしました。私達はそのニオイの主に箱ごと渡され、お部屋の中に入りました。
床に置かれた箱の中で私達はドキドキしていました。もうずいぶん時間が経ちますが、声は掛かりません。それからまたしばらくして、ふんわりとお花の香りがしてから、箱を開ける音がしました。蓋が外され…眩しい!と目を瞑って、ゆっくりと目を開けたら、黒髪のロングヘアの女の子と目が合いました。女の子は私を見つめて、少し眉をひそめてから私達を箱ごとテーブルに置きました。少しひんやりしたお部屋で、パパパの二重唱のピアノの連弾が聞こえました。男の人が女の子を「とも」と呼んでいました。
あれから3日かしら?私は桃なのでわかりませんが、男の人がパジャマからお洋服に着替えるのが3回なので、3日経ったのだと思います。私の隣にいた桃子さん2人は、ある朝男の人とともちゃんが美味しく食べていました。「少し追熟が足りなかったね。でも美味しいね。」と言いながら。
ともちゃんは暗い部屋で楽しそうに映画を観て、ずっと顔をタブレットの光で照らしながら何か考え事をしていました。楽しそうでよかった!私も嬉しいわ!
今日はお2人とも遅起きでした。ブランチの生ハムとリコッタチーズのサンドイッチを食べながらともちゃんが言いました。「桃のいい香りがする!」ともちゃんは続けました。「桃は食べられてしまう。なのに美味しい香りで私達に食べ頃だと教えてくれる。」ともちゃんは泣き出してしまいました!どうして泣くのか私達にはわかりません。声をかけてあげたいけど、私達は桃なので、できません。「桃はなくなっちゃうわけではないよ。ともの身体の一部になるんだ。」私達はそうよそうよ!と心の限りに叫びました!
夕方、お2人は早めの晩御飯を食べていました。ともちゃんが頑張って作ったいぶりがっこのポテトサラダを食べながら私を見つめました。しばらく見つめてから、男の人に話始めました。「あざっ子はあざっ子ってだけで私に冷たい目で睨まれた。私はあざっ子ちゃんを睨んで、農家がキズモノを入れてきた。贈答用じゃないからって農家が舐めた事をしてきたと思ったの。あざっ子ちゃんはうちに来るまでドキドキしていたと思う。なのに私はあざっ子ちゃんを睨んじゃった!」ともちゃんは目に涙をいっぱいにためて悲しそうな声で話していました。話し終わった途端、涙がポロポロと頬を伝ってミッキーマウスのTシャツに落ちていきました。
テーブルに飾られている紫のリンドウさん達も白い小さなスターチスさん達も慌てています。「あら、あの子泣いちゃったわよ!ともちゃんが泣いちゃった!」と口々に話しています。
私は桃なので何も出来ないまま、箱の中に収まるほかありません。私はもうすぐ食べ頃なので、私を食べてともちゃんが笑顔になってくれたらいいな、私はただそう感じています。
