夫のキラキラ

昨夜寝る前に夫と観た動画

時間泥棒だし生きるうえでこの動画を摂取する必要性は1ミリも感じないけど、最近の低予算テレビ番組よりも面白いかも!ワイプも生身の人間だと不快感を感じるけど、AIだとただのアルゴリズムだからそこまで嫌ではない。生身の人間だとワイプ芸人の心が伝わってくるから嫌なんだと思う。浅ましい人間の心。私って本当に血が通った人間が嫌いらしいw

ひまわりの種師匠のお話がすごく気になった。

これって意味の分からないお話じゃなくて、膨大なデータを利用してちゃんとロジック→プロット→演出ってすごく練られてる気がする。AIが無から何かを生み出すことは現状では不可能なので、やることには必ず論理的な意味がある。

ひまわりの種師匠は自分が埋まった場所にひまわりが生えるとは言っていない。埋めれば生まれ直せるとは言ったけど、なにに生まれるかは指定されていない。そもそもひまわりの種師匠がそこに埋まっていたとは限らない。どうして主人公が水やりをしていた場所がひまわりの種師匠のお墓だと思うの?師匠が亡くなったあとに土を耕してアスパラを植えたのかもしれないでしょ?

こういう、一見当たり前だと思い込んでいるものを疑えっていうのがメッセージなんじゃないか?ジャック・デリダの脱構築みたいな感じ🤔?

コメント欄で「ボーボボみたい」っていうのが散見していたので、ボーボボを調べてみた。ボーボボなんて知らないもんwするとボーボボの作者も物事を静かな目で見つめるタイプの人だってことがわかった。お父さんが国文学者📚️!なるほどね😎

なんでこの動画を観たのかというと、夫がAIを使った動画制作にチャレンジしているから!私の「アザっ子物語」に触発されたらしい😏

自分なりに作った動画をもっと改良したいと言っている夫のために動画を探して見つけた。パクらせるためじゃない。こんなすごいことをしている人がいるよ、でもあなたの作品が劣っているという意味じゃなくて、AIを使った創作活動っていうのは色々な可能性を秘めていて面白いねって意味。

夫は思いを会話で伝えるのが苦手な人。無理して表現させようとするとフリーズする。文字通り真っ白になるらしい。だから会話で彼を理解することは難しい。多分外では「真面目で寡黙なつまらない人」だと思われている。好きなものは数学とプログラミング。ピアノ経験があるので音感もリズム感もバッチリ!

夫は私みたいに喋りたくなくて喋らないのではなく、出力が上手く出来ないだけ。だから表面的な部分しか見ない人には何も意見を言わない、自己主張しないつまんないやつだと思われてしまう。でもそれは違う。

夫の中にはすごく純度の高いキラキラした世界が広がっているんだと思う。中身のない会話で猿みたいに毛づくろいしているアホどものなかには存在しない、とっておきのキラキラ。そういう奴らって知能が低いから感情論に全振りして生きてるし、メタ認知とか論理的思考が出来ないじゃない?「普通は〜」「みんなこう言ってるから〜」「常識的に考えると〜」「空気読まなきゃw」「自分の機嫌は自分で取る(キリッ)」って言って自分の可能性を狭めている事にも気付いていないじゃない?波風を立てず、今の小さな世界(枠)で安全に生きるための思考、つまりただのいい事している風の思考停止ってことなんだけどなー。まぁ、野生動物みたいに生き残るために必死にサバイバルをしているのかな?ホモ・サピエンスなのに哀れだね、と侘び寂びを感じるけど。

夫のキラキラはそういう次元には存在しないもの、ある意味夫は喋らないことで自分の内的世界の純度を保っているのかもしれない。私はそれを世の中に発信するために出力する過程で拡張機能としてAIを使用したらとてつもないイノベーションが起きるのではないかとワクワクしている。

誰かを見返すためではなく、自分の世界をAIを通じてアウトプットすることで可視化して、それによって自己の内面を見つめることができるのでかないか?夫は自分に自信がないわけではないけど、さらなる自己理解、自己肯定感を育む手助けになると思う。

…まぁ夫は儲かるかも!って気持ちも強いみたいだけどwここが私と違うところかな?でも彼は私ではないし、夫の自己理解や表現活動のプロセスが収益化に繋がるのも素敵なことだと思う!

今も夫はお昼ごはんの支度をしつつ、スキマ時間でAIと創作活動をしている。私はゴロゴロしながらブログ執筆。いいねぇ〜、外はいい天気なのに外出する気配なしwww